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アフガンハウンド犬ロックのお話
 
ありふれた1匹のわんこの独り言 
  
ロックの最後のお世話をされた、Mさんにおくる

僕はロック、今天国の広い草原を駆けまわっている。         

 僕は悲しい犬だった。13年もの長い間愛情をかけられたことがなかった。
誇り高いアフガンハウンドである僕は、人に媚を売ったりへつらったりできなかったから、誤解され敬遠
されていたのかもしれない。
毎日みんなに蹴られたり、ぶたれたりの虐待もされていた僕は、いつのまにか凶暴な犬という烙印まで
押されて、寂しい毎日だった。

そんな僕がママに出会ったのは、工場主であった主人に置き去りにされ、河川敷のみすぼらしい小屋に
繋がれたまま、  
ご飯も満足に食べられない日が続いたある日のことだった。
ダニが200匹位ついていたし、伸び放題の長い毛も、僕を余計にみすぼらしく見せていたに違いない。

 でも優しいママに出会った日から、信じられない位幸せな日々が始まった。
体についたダニもママと先生とで1匹1匹とってくれて、それだけでも僕にはありがたかった。  
 夢のような生活だった。
僕がうれしかったのは、毎日のお散歩・・・・お散歩なんてしたことなかったんだ。

おいしい神戸屋のロールパンをはじめて食べた時は、ほっぺたが落ちそうだったよ。

木の香りの素敵なおうちを作ってもらったし、夜のお散歩の時は、ママといつも星空を見ながら歌を唄った。

 そして夏の夜は大きなトランペットフラワーの木の下で長い足をのびのびとのばしてぐっすり眠ったよ。
僕は始めて人に甘えることを知った。本当は忠実で利口で、優しい犬だってことママは会ったときから解って
くれていたんだ。

 そんな楽しい生活が1年位続いた頃、僕は徐々に 立つこともままならなくなってしまった。
寝たきりの生活になって、おしっこやうんちも床にひいたタオルの上だったから、ママは大変だったと思う。

ママは寝たきりのご主人のお世話もしていたし、心無く捨てられていた30匹の猫達のめんどうも見て
いたんだよ。     ごめんね、ママ。

僕は長年フェラリアで苦しんでいたし、血尿も出ていた。
 なにより、もう年よりだからね。

でもママはずっと僕の世話をしてくれた。
夜中も栄養剤の入ったお水を何回も飲ませて励ましてくれた。

それから5日ほど入院して家に帰ってこれたときは、うれしくってチーズやささみをパクパク食べて
ママを喜ばせたよ。

でもその日の夜、僕はママに抱かれたまま何度も永遠の眠りにつきそうになった。
そのたびにママが必死に励ましてくれたけど、僕はもうお別れのときがきたんだってわかったんだ。

もっともっと一緒にいたかったけど仕方ないんだよ。

 ママは15ヶ月間楽しかったね、って言った。
うちに来て良かった?って・・・・僕は尻尾を振って返事をした。

13年間の辛い生活も、1年余りのママとの幸せな毎日が帳消しにしてくれたように思えたし、
暖かい思いを抱いて天国に旅立てるような気がした。

皆ママのおかげだよって言いたかったんだ。

 ママの涙が僕の長い鼻を伝って床に落ちた時、僕は天国にかかる虹の橋を渡った。
若かった頃の雄雄しい俊敏な姿に戻って・・・。

 僕の心を救ってくれたママありがとう。絶対に忘れないよ。いつまでも見守っているからね。
そしていつの日か天国で出会えるのを楽しみに待っているよ・・・・・。 
                                 さようなら。

(愛するペットをなくされて悲しい思いをしているあなた、是非 虹の橋 をご参照下さい。)