
| 11/15付け 朝日新聞ノラ猫バッシングの記事について |
| 問題点1:この交通事故の矛先が全然別の、ノラ猫と餌をやっていた人の方に向いてしまっている。論点のすり替えが著しい。 言われているように運転手が法定内のスピードしか出していなかったとしたら、何故この様な惨事になったのかという事については全く語られていない。(道路のあり方にいちばん難点があるように書いている新聞もありました) 問題点2:現場近くに、社会の迷惑を考えず捨てた人の後始末をし続け、自費で不妊手術を施し、息を殺して餌をやり続け、後片づけをし、猫を減らすべく努力している人が多数いるが、その事は触れてもいないし取材もない。 取材した記者が勉強不足で、取材自体も稚拙でかなり一方的。 問題点3:猫は自然に発生した訳ではなく、捨てた人がいちばん悪いという事を指摘せずに、餌やりだけが悪いと言っている。 宮司の言葉として「モラルがない」と言っているが、第一にモラルがないのは捨てた人だと言うことには触れていない。 副題が「野良猫問題は人災?」と書いているが、その人災の意味がここでは、餌やりのせいになっている。 猫問題を地域猫とし、社会全体で解決して行こうという社会になってきているのに逆行している。 問題点4:指導センターでは、として「野良猫を捕まえることはしないが、公園などにたむろしている野良猫を市民が持ち込み、飼い猫ではないことを確認すれば、処分する。自宅でたくさん生まれた猫を市民が持ち込むこともある。」と新聞に載せている。 「有効な対処法がない」と、指導センター自ら言っていると書いた後に、上記の方法を提示しているのを見たら、持込を奨励しているように取れる。 問題点5:全国の一部の地域では、ガスによる致死処分をそうは言ってないが、まるで猫が気分よく死に至るような「安楽死」という言葉で促している。 何より猫を毛嫌いしている人の方に肩入れした一方的な見方の報道であって、メディアの目指す方向性ではありません。 |
■つまりこの記事を要略すると■
| 交通事故 ↓ 猫が飛び出たせい ↓ 野良猫がそこにいたから ↓ 餌をやっていた人のせい ↓ 餌やりをした人による人災として、取材 |
■という方程式になっている■
近くの美術館の猫たちを何十年も自費で捕獲不妊手術している知人に聞いた所、この宮司は、
前はネズミを取ってくれる、と猫を容認していたそうです。
(元より、神社仏閣というのは神が住む場所で、殺生をいさめるくらいであって欲しいのですが・・・)
皮肉な事に、園児達が観に行こうとしていた展覧会は「ねむのき学園」の障害のある子供達の絵だったそうです。
感情論ではありますが、その園児達が、自分達の一件で猫がたくさん捕らえられ、苦しみの果てに殺されると
知ったらどう思うでしょう。
それは、猫であっても命は大切にされるべき、するべきもの、という意識を覆すものです。
それが成長期の子供の心にとって良い方向性であるとは思えません。
ひもじい思いをしているもの、寒さに凍り付いて果てるものに、慈悲の心を持ってはいけないという社会はおかしいです。
何よりこういう事件が起こるたびに、その存在に業を煮やしていた、主に自治会等という(地域の年配者が権力を振るう)
団体が、言わば魔女狩りのように恐ろしいまでに躍起になって住民感情を呼びさまそうとします。
実際にセンターには、このような事があるから猫をどうにかしろという電話が多数よせられ、
ホームセンターが販売している捕獲器に、注文がたくさん来ているそうです。
| (動管法 基本原則) 第二条 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。 (普及啓発) 第三条 国及び地方公共団体は、動物の愛護と適正な飼養に関し、前条の趣旨にのっとり、相互に連携を図りつつ、教育活動、広報活動等を通じて普及啓発を図るように努めなければならない。 |
管理人ハッチー