| 2001年10月〜12月 |
| 偶然のお話 01’10’20 |
マルコ・ブルーノ著「マルコの東方犬聞録」 01’10’25 |
| ディズニーシーに行って来ました!! 01’10’28 |
全世界を100人の村に縮小すると・・・ 01’10’29 |
| キャッツ&ドッグス見てきました! 01’11’02 |
「ベトナムの子供の家を支える会」小山氏講演会 01’11’03 |
| 簡単おいしい!しいたけシュウマイとチーズポテトの包み揚げ 01’11’06 |
「パラサイト・イヴ」著者、瀬名秀明氏の講演会 01’11’11 |
| 日本の孤児院の子供達の里親事情 01’11’18 | ユニバーサルスタジオ,ジャパンに行って来ました!! 01’11’24〜25 |
| 捨て子猫ココちゃんの里親捜し 01’11’29 |
狂牛病の犠牲者は・・・ 01’11’30 |
| 懐かない新入り子猫ちゃん。 01’12’10 |
懐かない新入り子猫のその後 01’12’19 |
| タイムマシンにお願い 01’12’27 |
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| 偶然の話し 2001・10・20 |
| 今年の始めの事ですが、本当に偶然という話があります。 いつもお世話になっている病院で、シーズ−の成犬を保護したので、里親さんを探して欲しいと頼まれた事があります。 そのわんこは長い間さ迷っていたらしく、シーズ−なのに羊の様に毛が伸び、からまってそこに落ち葉やら何やらくっついてそれはすごい状態だったそうです。 4回洗ってやっときれいになったそうです。またそれだけではなく、シーズ−にありがちな皮膚炎がひどくて、首の周りやらは毛が何もないような状態でした。 地元誌に掲載した所一番始めに、一人でトリマーのお店をやっているという若い女性の方が、名古屋のお友達のお宅で犬を探しているからと言ってテレして来られました。 早速見てもらったら、その方は 「この子の状態が嫌というわけでは決してないけれど、ずいぶんと苦労して来たようだから、一匹飼いでうんと可愛がってくれる人の方がいいかもしれない。 もしそういう方がいなければ、貰ってあげたい」 と、わんこの幸せを一番に考えて下さっている様子が良く解るようなお返事でした。 なんでも名古屋の方は他にも2匹ほどの犬猫を飼っているそうです。 そんな時、本当に熱心に里親さんになりたいと言って下さる方が見つかり、お渡しする事になりました。 室内犬とあってお電話はずいぶん頂いたのですが、一番熱心で大切にして下さりそうだったので決めました。 その方は、それ以後、この子の幸せと治療に生きがいさえ見出しているような感じで、心から良かったと思っています。 今まで苦労しているからと片時も離れず、ご夫婦の実の子供のように可愛がってくださっています。 しばらくして、近況を伺おうとテレした処、偶然のお話をお聞きし、びっくりしました。 里親さんは、少しでもこの子に良いようにと、腕が良くて、優しいトリマーさんを ずっと探していたそうです。いろんな人にうかがったりして、皆さんの評判のいいトリマーさんをやっと見つけわん子を連れて行きました。静岡中探したそうです。 そのトリマーさんは、丁寧にトリミングしてくれた後、こうおっしゃったそうです。 「私はこの犬に会ったことがあります。」と なんと、一番始めにその子に会いに来てくれたあのトリマーさんだったのです。 里子に欲しいというお話は他にも5,6件あったのですが、実際にこの子に会ってもらったのはこの二組だけでしたのに・・・ |
| マルコ・ブルーノ著「マルコの東方犬聞録(日本の犬にだけは生まれ変わりたくない!)」 2001・10・25 |
| 遅ればせながら読みました!!以下はマルコさんの前書きの一部です。 〜前略 当時の日本は想像どおりの国だった。 毎日が感動的だった。 人には情があったし、礼儀正しい挨拶とあたたかみのある微笑みが町にあふれていた。 この国が、やがて、これほどかわるとは、夢にも思わなかった。 たったの三十年で、平和に暮らしながら、これほどのはげしい変化をとげる国は珍しい。 浸水している大きな船のように、傾いたままで航海をつづけている姿は、実に悲しい。 三十四年前、ぼくが日本に行く決心をしたとき、日本についての情報は乏しかった。詳しいことはわからなかった。 それでも、到着した日に羽田から渋谷へ向かったときも、はじめて箸を使ってなれない手つきで納豆を食べたときも、恵比寿の酒屋の立ち飲みカウンターで15円の焼酎を飲んだときも、ぼくは、なんのカルチャーショックも受けなかった。 ぼくがカルチャーショックを受けたのは、来日したときではなく、渋谷区から足立区へ引っ越したときだった。 捨て猫や捨て犬の数にショックを受けた。 栄養失調の犬が道路の真ん中に行き倒れになっている、どこの公園にも捨て猫だらけだし、荒川河川敷のいたるところで、捨てられた犬、猫、鶏、ウサギ、蛇などの腐乱死体が目につく。 あとでわかったことだが、足立区だけがひどいわけではない。 日本にはもっと悲惨な場所がたくさんある。埼玉県や千葉県とくらべると、足立区の動物状況はまだましなほうらしい。 そして埼玉や千葉より、宮崎県や長崎県の動物に対する考え方や扱い方はもっとひどい。 あそこには「不用犬ポスト」、つまり、いらなくなった犬や猫のゴミ箱がある。 そして山梨県には「犬捨て山」がある。 へェー、日本はこういう国だったのか。そう、日本は人間中心の社会だ。 動物と植物は使い捨てできるモノにすぎない。法律上でもそうなっている。 生き物として認めてくれない。 動物のことを調べれば調べるほど、背筋が寒くなるような現実にぶちあたってしまう。 二千年の歴史を持つ、文化レベルの高い日本にはこのような粗末、そして悲惨な面もあったのか……信じられない! そしてもっと怖いのは、日本人のほとんどはその現実を知らない――それとも、見て見ぬふりをする無責任な民族なのか? 中略 でも、このような物理的な豊かさを手に入れるための代償は、とてつもないものだった。 文化、伝統、習慣、家族構成ばかりではなく、日本人はこころの豊かさまで失った感じがする。 思いやりも、優しい微笑みも、すべてが戦後の使い捨て時代の犠牲になった。 ぼくは動物ボランティア活動を通じて社会に役立ち、助けを求めている動物たちに応えてあげたいと考えた。 ところが、日本における動物問題に深くかかわるほど、行政や地方自治体の動物に対する残酷な考え方と動物ボランティア団体の仲の悪いことにおどろかされると同時に、個人の力には限界があると思い知らされた。 現代のペット問題をトータルで考えると、穴のあいたバケツで浸入してくる水をくみ出すような終わりなき戦いとわかった。 しかし、あきらめることができない。 あと百年かかっても、ぼくはあきらめない。 後略 殺すためのセンターを動物愛護センター、苦しみの窒息死を安楽死ときれいな言葉でかたずけるのはおかしい。 殺し方が、安くやりたいが為に一番苦痛を伴う方法である事、やはり、アウシュビッツの毒ガスの方が数倍苦しみが少ない事、つまり日本の犬猫は安さの為に、ゆっくり、苦しく死ななければならないという事実。 そしてもっと可哀想なのは、売れ残ったペットの運命です。一部では苦しまない方法で始末するのは面倒だし、お金も掛かるので生きたまま専用の粉砕機に放り込まれ袋済みにされ、有機肥料の一部になってしまう事もあるそうです。 犬捨て山に捨てられ、食べ物も水もなく、悲惨な状態で産んだ子犬の死を目の当たりにした母犬が、前足で穴を掘って我が子を埋めた話には涙が止まりませんでした。 |


| 全世界を100人の村に縮小すると・・・ 2001・10・29 |
| これは、ある中学校の担任の先生が、毎日自分が今まで教えた生徒に学級通信と言う形で、メールを流したものらしいんですが、 kanakoさんの「はじまりはいつも猫」HPで知って感銘を受け是非私のページにも掲載させて欲しいと頼んだものです。 (kanakoさんにはご快諾頂きました、ありがとうございました♪) もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。 その村には・・・ 57人のアジア人21人のヨーロッパ人 14人の南北アメリカ人 8人のアフリカ人がいます 52人が女性です 48人が男性です 70人が有色人種で 30人が白人 70人がキリスト教以外の人で 30人がキリスト教 89人が異性愛者で 11人が同性愛者 6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍 80人は標準以下の居住環境に住み 70人は文字が読めません 50人は栄養失調に苦しみ 1人が瀕死の状態にあり 1人はいま、生まれようとしています 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。 また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。 もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今生き残ることのできないであろう100万人の人達より恵まれています。 もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人達より恵まれています。 もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人の人達より恵まれています。 もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人達より裕福で恵まれています。 もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちの一人です。 もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。 もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福を うけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。 昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。 かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。 誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。 誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。 あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。 −・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・− 今生きている、1人でも多くの人に、このメッセージが届きますように。 Masatoshi Nemoto |
| キャッツ&ドッグス見てきました!! 2001・11・2 |
はっきり言って深い内容はありません! でもすごく面白かった。 永遠のテーマである猫と犬どちらがえらいか?! 題名をきめる時もかなりもめたとか? なぜ、キャッツを先にしたのでしょう?・・・・ 内容は、犬アレルギーの研究をしている博士が開発した、アレルギーが治るという新薬をめぐってのバトルなんですが、それを奪って逆に全世界を犬アレルギー患者ばかりにしてしまおうという悪役猫軍団と、そうさせまいと戦う、かっこいい犬軍団とのはちゃめちゃアメリカ的なストーリーです。 ちょっと気になったのは、悪の化身といった、人間には文字通り猫かぶっていて実はわるもんという猫が出てくるんですが、なんと「ロシアンブルー」で、忍者みたいに「手裏剣」を繰るってやつなんです。まるで、ロシアと日本を象徴しているみたい・・・ それに立ち向かう、犬軍団はもちろん、アメリカの象徴と感じたのはわたしだけでしょうか?! アメリカ映画はいつもアメリカが世界を救う救世主、または世直し屋的な内容でげんなりする事が多いですが、でもやっぱり、面白い!!(どっちやねん?) 特に主役のビーグル子犬のルーは、かなりラブリーです。ビーグルフリークになっちゃいます。 静岡では日本語版しか上映されていなかったので、最初はがっかりしましたが、せりふが日本人受けするように直してあって、げらげら笑って、ストレス解消して家路に着いた私でした。 なんでキャッツを先にしたか?私の勝手な解釈ですが、悪役で不細工に描かれている猫に配慮というか、猫好きさんに配慮したのかも・・・・ |
| 「ベトナムの子供の家を支える会」代表 小山道夫さんの講演会。 2001・11・3 |
| ベトナムの「子供の家を支える会」の代表、小山道夫さんの公演がありました。 小山さんは45歳の時ベトナムに行って、路上で物乞いをしたり、寝起きしている子供達の悲惨な姿を目にして衝撃を感じました。 それまで教師をしていたのですが、きっぱり退職してベトナムに渡り、子供達の支援に没頭して今では、宿舎はじめ、学校、職業訓練所等など、8つの施設を建設するまでになったそうです。 非営利、行政両方の支援を得られています。 いろんなお話をして下さいました。 「この運動を始めて8年が経ち、最初の目標を上回る業績、支援にうれしく思っているけれど、最近は物がないベトナムの子供達より、日本の子達の方が問題であるし、不幸だと感じるようになった。 引き篭もりや不登校、物は豊富でも間違った方に導かれている子供達、未来に希望が持てない子供達、それは取りも直さず、大人たちが作ってしまった。 なんでも目先ばかりで、不景気だとか、経済の立て直しだとかが一番の関心事のように騒がれているけれど、未来を担うこのような子供社会の方が問題は大きいように思えて仕方がない。ひいては、日本の未来に非常に危機感を感じる。 それに比べ追い立てられる事もなく、頑張れば結果を得られるベトナムの子供達は、貧しくても生き生きしている。」 小山さんはあと2年位したらベトナムから撤退するつもりだそうです。 そしてこの会をベトナム人に托し、彼ら自身で自立の道を歩いて欲しいと思っているそうです。 現在日本にいらっしゃる時は、小、中、高校に公演に行き、ストリートチルドレンやボランティアについてのお話をして歩いているそうです。 そして、これからはなるべく日本の子供達の為に活動したいと思っていらっしゃいます。 日本で行き場がなくなったり、また疲れてしまったりしている子供達はベトナムに行き、ストリートチルドレンだった彼らと触れ合うと、だんだん元気になってくるそうです。 ベトナム社会が昔の日本のような心優しく、癒される場所であるから・・・・ |
| 簡単おいしい、しいたけシュウマイとチーズポテトの包み揚げ 2001・11・6 |
今日は、美味しいしいたけシュウマイのご紹介です。 まず、しいたけは小ぶりの物を選んでください。 私が作った分量:4人分 ●しいたけ・・・直径5センチ位の物16個。 ●豚ひき肉・・・200グラム ●たまねぎ・・・中1個 ●シュウマイの皮…しいたけと同じ数。 しいたけの軸を根元で切り、切った軸をみじん切り。 たまねぎもみじん切りにして、ひき肉としいたけの軸と一緒に混ぜ込む。 調味料は塩コショウ、オイスターソース、などお好みで・・・ 軸を切ったしいたけに、小麦粉を軽くふってひき肉をこんもり盛る。 上からシュウマイの皮をぺらっとをかぶせる。湯気の上がった蒸し器で蒸して出来上がり。(超簡単!!) 残ったシュウマイの皮ですが、子供が喜び、ビールのつまみにもなる1品にしましょう。 ●ポテト・・・中1個 ●ピザ用又はクッキング用チーズ・・・適宜 ポテトは洗ってポリ袋に入れ、レンジで芯まで軟らかくなる位にチン!! アツアツのところを我慢して皮をむく。 元の袋の中にチーズとポテトを入れ、袋の上からくちゅくちゅして良く混ぜる。 塩コショウして、シュウマイの皮(餃子の皮でも)に包み、お好みの形に・・・巾着型とか、がま口型とか?! 油で色よく揚げて出来上がり!!チーズポテトが残ったら、小判型にして、フライパンでバター焼きもおいしいです。 お好みでケチャップを付けても・・・ |
| 「パラサイト・イヴ」 著者瀬名秀明さんの講演会 2001・11・11 |
「パラサイト・イヴ」は皆さんご存知のように1995年第2回日本ホラー大賞を受賞し、翌々年には映画も公開されました。 その著者瀬名秀明さんの講演会に伺いました。 実は彼は私の家の近くで(歩いて5分)生まれ育っていらっしゃいます。そんな訳で郷土の誇りって感じでしょうか? 近くの公的会館での講演会はとてもアットホームで、楽しく和やかなものになりました。 始めはその著書より、すごくお宅っぽい方かなと思っていました。でもそれは違っていました。 さわやかで声も大きく、どちらかというと患者さんに超人気のある育ちのいいドクターって感じでした。 少年の時にいろんな物に興味を持ち、それをずっと暖めているそんな少年の心を持った方だと思いました。 「将来何に成るか、というよりまず自分の中に興味の対象をたくさん作り、そこから発展して行ったら、将来何か自分が求めるもの、研究して行きたいもの、やり続けたい事が出てくるのではないか?」 というお話が出ました。 瀬名さんの場合も小学校中学校の時に自分が興味を持った事を、ずっと引きずっているんだという事に最近気が付いたそうです。今やっている事や書いている事の原点が全部子供の時に培われたものだという事。 簡単にいうと何かについて面白いと思う気持ちが原点という事です。 そういう気持ちを持って自分のポケットにいろいろ詰め込んでいると大人になってからもそれを取り出し、眺めたり触ったりして、楽しんだり発展させていったり出来るのではないかと思いました。 そんな意味では「より道」って大切だな〜と思いますね! 子供のやっている事、くだらないと思わずにおおらかな気持ちでよく見て下さい。 彼は今、彼なりにポケットに詰めている最中なのですから・・・ |
| 日本の孤児院の子供達の里親事情 2001・11・18 |
先日新聞に、市内の2つの孤児院、養護施設の子供達と、里親さん希望の家族とが動物園で交流を図ったとの記事が載っていました。 新聞の記事では、希望の家族と子供との交流により、お互いに相性をみながら新しい家族が誕生する出会いの場であったかのように書かれていました。 数行の記事でしたが、(いつも犬猫の里親探しをしているので)どんな進展があったのだろうと少々気に掛かっていました。 私が小学校の頃、クラスに一人は孤児院の子供がいて、私は当時その子達の事が子供心にも、かなり不憫に感じられていたのでした。 中でも器量の良い子や、勉強の出来る少数の子は里親に恵まれ(その頃は里親なんて言葉は知らなかったけど)いつの間にか、小学校や孤児院からいなくなっていました。 「○○ちゃん、もらわれたんだよ。」 貰い手に恵まれない孤児院の他の子が、寂しそうに言っていたのが子供心にも可哀想に思えてしかたなかったのです。今のように物資も豊富にない頃でしたので孤児院の子達は服装、その他においてもみすぼらしかったように記憶しています。給食の時に貪るように食べていたのが、鮮烈に脳裏によみがえってきます。(年がわかりますね〜) よく私の隣にすわったS君が、1、2ヶ月に一度お父さんが面会に来てくれるのをうれしそうに話していました。 私には孤児院というとそんな思い出があります。 偶然にも知人がボランティアでその催しに参加したとの事。どのようであったかと聞いてみました。 そしてそれは、単純な私の頭をごつんとたたいたのでした。 まず、最近は孤児なんてほとんどいないそうです。「虐待児」が多いそうです。だから親はいるわけです。 それ以外は何かの事情で親がいるけど一緒に暮らせない子が大半だそうです。そんな訳ですから、里子に迎えたいと思っても簡単には迎えられないわけです。又、精神的にも傷ついている子、つまりは養育が難しい子が多いそうです。 こんな世の中で血の繋がらない子供を我が子にしようという人は本当に崇高な精神の持ち主だと私は思いますが、そんな人の意志もなかなか反映されない世の中であるようです。 本当に昔は単純かつ純粋に里子に迎えられたのに、現代は複雑化し、又殺伐とした世の中であると、又しても思い知らされました。 おりしもTVで「生命38億年スペシャル、人間とはなんだ?!V」古館伊知郎司会、養老猛司教授の解説で人間の脳の構造を解明する番組がありました。 例えば多重人格者の脳の画像。幼児期に親から受けた虐待が「心の傷」となって画面に表示されていました。 人間にとって大事な「共感」は幼児期の親との暖かい関わりの中からはぐくまれ、殺伐とした世の中を彩りのあるものにする。いかに幼児期の共感が大事であるか。 そして私が一番心打たれた言葉は、「教養とは、他人のことを理解出来る心のこと。」という養老猛司教授の言葉です。 教養とは自分の知識をひけらかす事ではなく、すなわちそれはいかに他人と共感できるかという事に他なりません。 |

| ユニバーサルスタジオ.ジャパンに行ってきました! 2001・11・24〜25 |
勤め先の慰安旅行で、「USJ」に行ってきました。 楽しかったです。前回ディズニーシーに行ったばかりですが、私的にはUSJの方が楽しめました。 血沸き、肉踊るって感じで(自慢じゃないけど肉はいっぱいあります。)スケールが大きくて見応えがありました。 2日に渡って見れたので充分堪能しました。 ご参考までに、見て廻ったアトラクションのランキングです。(独断と偏見ですので、さらっと見過ごして下さいネ。) 1)ウォーターワールド 映画のあのウォーターワールドがアクション満載の冒険ショーに。水しぶき飛び散り、火はふきまくりで最後には実際の飛行機まで飛んでくる、本当に目が点!!って感じ。 2)E Tアドベンチャー 自転車に乗って映画さながら、ETの故郷の星まで、宇宙の彼方を旅するアトラクションは夢いっぱい。 3)タ−ミネ−タ−2;3D ご存知ゴーグルをかけて3Dの世界を楽しみましたが、あまりの迫力にびっくり!! 4)ユニバーサルモンスターライブロックンロールショ− ドラキュラ、フランケン、フランケンの花嫁、狼男、ビートルジュ−スがど派手なロックンロールショーを繰り広げます。(ビートルジュースはかなり芸達者です。もう一度映画見なくっちゃ!)結構大人向けで、黒人のドラキュラが歌う、ヒロミ.ゴーのあっちっち-ってやつ、というより元祖のリッキー・マーティンのその曲は絶品です。 5)アニマルアクターズステージ ラッシーやベートーベン、馬、ネズミ、サル、鳥、猫、狸、等など皆それぞれに可愛いキャラで登場。私としてはランキングがまずまずなのは当たり前ですが、この子達皆幸せなんだろうか?と要らぬ事を考えてしまう悲しい性です!! 6)バックツゥザ.フューチャー.ライド USJの中では一番過激かも。といってもたいした事はないですが、お決まりの、乗り物に乗っての時空探検です。 7)ジョーズ サメが群がる海を船で航海するアトラクションです。ジョーズの牙が時折襲い掛かってきます。船に乗るまでのボートハウスの中の雰囲気がレトロでいいかも。 8)ジュラシックパーク.ザ.ライド 襲いくるTレックスの魔の手から逃げ出す為に25,9メートルの高さから、暗黒の中にまっさかさま!! 最後だけ過激。 9)バックドラフト 燃え盛る火事現場にびっくり。火が強く熱いです! と、主要なアトラクションはこんな感じですがパレードは無く、その代わりにハリウッドマジックという、ショーがあります。 心に残る映画音楽をバックに華やかなパフォーマー達が繰り広げるショー。 幻想的な光と水と花火の演出で素晴らしいダンスやスタントを披露します。 一度お暇な折に行って下さいね!ぜったいグーです。 |
| 捨て子猫ココちゃんの里親捜し。 2001・11・29 |
11月の初旬、懇意にして頂いている動物病院から、捨て子猫を拾った女子高校生が里親さんを探しているのでネットに掲載してくれないかとの依頼がありました。 かねてより捨て犬捨猫に理解のある病院で、病院に持ちこまれた不幸な犬猫に生きる道を見つけるべくご尽力されています。 聞く処によると、里親さんが見付かるまではその高校生宅で見て下さるという事でした。それで今回はネットのみで里親捜しを開始しました。 4本の足全てに白いソックスをはいている可憐なきじトラの女の子だったので、写真添付で掲載すると同時にたくさんの応募がありました。しかしメール、テレ等で何度か確認をして最終段階に入ったかなと思うと破談になるという事が二度ほど続きました。 そんな折、ちょっとしたハプニングがあり、思いがけず里親さんを決める事が出来ました。 それは本当にちょっとした間違いだったのです。 10日程前、息子のpcの調子が悪くなりネットが繋げなくなってしまいました。困った彼は、私が半年ほど前迄よく使っていたノートパソコンを使ってネット送信をしました。その時に、かなり前の私の書き損じファイルを(心ならずも)送信してしまったのです。 きじトラの子猫が欲しいという方に、その時に我が家で保護していたきじトラ子猫をPRする旨の内容でした。(ナント調度同じきじトラでした) その間違いメールに、(間違いと気づかずに、)先住の猫が行方不明になりとても悲しんでいるのだが、せっかくメールを貰ったのでその子猫を飼ってみたいという旨の、思い掛けないお返事を頂きました。 数回のメール交換の後、お電話で信頼できる方と判断しました。 決定直後、先住猫さんが見付かったそうですが、きっとその猫さんが子猫を呼び寄せてくれたのかもしれないから、これもご縁と思って子猫を引き取りたいといううれしいお返事を頂きました。 そんなご縁で名古屋から会いに来て下さり、ココちゃんという可愛い名前を付けてさった優しい里親さん、asapon様有難うございました。 それと、生後3週間の子猫を約3週間、奮闘して育てて下さったその高校生のご一家は、猫は全くの始めてだったそうですが、小さな命の尊さにふれ、たくさんの事を感じていただけたようです。 そんなお話が聞けた事も私にとってはうれしい事の一つでした。 尚、ココちゃんの里親さんのホームページはこちらです。ココちゃんのご紹介有難うございます。 http://www5d.biglobe.ne.jp/~lovepara/ |
| 狂牛病の犠牲者は・・・ 2001・11・30 |
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収録があった時は、おりしも北海道で二頭目の感染牛の報道があった時で、その酪農家に対する彼らの気遣い、励ましに私はおおいに感動してしまったのです。 話しは違いますが、知人と陽性牛の処分について話していた時、彼女が言った言葉が私を悲しい気持ちにしました。彼女はきっぱりと言いました、牛は食べられる為に生きて死ぬ。つまりは食べられるのが本望で、それによって成仏できるのであるからこんな処分はきっと本望ではないと・・・こんな風に考えている人は、実は多いかもしれません。私は言いたいです。だれがそんな事を決めたのかと・・・牛がそんな風に思うわけがない、今度はあなたが肉牛に生まれ変わって来てみたらいいと。 |
| 懐かない新入り子猫ちゃん。 2001・12・10 |
先日保護した子猫ですがかなり手強いです。 兄弟で別々の日に2匹捕獲しました。普通のキャリーとほかほかのから揚げ作戦で・・・ 洋猫が入ったシャムネコのような風貌の生後三ヶ月の子猫です。 街中の商店街の裏、下町のような雰囲気のある所に母猫と子猫が4匹で、周りの方々からご飯を貰ってひっそりと暮らしていました。 今回も猫の世話をしている、近所の初老のやもめのおじさんと一致団結して、キャリーの中に紐付き唐揚げを導き入れ、子猫をキャリーに誘き寄せる作戦です。 駄目元と思っていましたが、思いがけずあっさり成功しました。 私は以前にもそういうノラ子猫を2匹、やっとの思いで捕獲した事がありましたが、(その時はシシャモ作戦でした、)別の方ですが、優しい初老のやもめのおじさんに一方ならぬお世話になりました。 その方は一人暮しの年金暮らしでしたが、街中の公園に寝起きしているホームレスの方々に、毎日自前で買ったお弁当を渡しててあげていました。 公園の野良猫が産んだ子猫2匹にもいつもご飯をあげていたので、協力して頂いたという訳です。ご自分もけっして裕福ではないと思うのに、何故ホームレスの人に毎日ご飯を渡しているのだろうと不思議でした。 でも一つ言える事は本当に優しい、人の心の解る方でした。今もそのおじさんの事を思い出すとほっこり暖かい空気に包まれます。 世の中にはこんないい人もいるんだ〜と思わせてくれるおじさんでした。 話しは元に戻りますが、最初の猫を捕獲した時は、ただただおびえきっているその子をだっこしても診察に連れていってもまあ大丈夫だったのですが、2匹目の兄弟君を捕獲して連れて来た時には、恐怖心から来る攻撃的な態度にびっくりしました。 結局ケージから早々に逃げ出されて息子の部屋に監禁状態となってしまいました。つまりはどこに隠れているのかさっぱり解らないのですが、ご飯は食べているらしいし、息子が寝静まってからは2匹の大運動会が始まるようでそれはすごい様です。 始めの子はケージに入れておく事も出来るのですか、2匹を一緒にしていた方が良いかなあと思い、一緒に放しました。 こういう場合はどういう風に馴らしていったら良いのか・・・だんだんと、少しづつでも心を許していってくれたらいいのですが。 友人にこの子達の事を話していたら、里子に行って一週間箪笥の裏から出て来なかった子猫が1週間目に突然出て来て、人の膝に座ったという話を聞きました。一週間この子は何を考えていたのかしら、出て行くべきか行かざるべきか天秤にかけ、行った方が徳という結論に達したのかしらと笑い合いました。 また貰って頂いたのに、すぐ物置に入ってしまい、長い事出て来なかった猫が(もちろん人のいない時にご飯は食べていますが)新しい猫を飼ったとたんに我慢し切れなくて出て来た話しとかも聞きしました。 たとえ子猫でもいろいろ考えているのかもしれません。 家の新入りさん達も、膝に乗れとまでは言わないまでも、可愛い声でニャ-と鳴き、少なくとも逃げ回らずにいたら徳だと、度胸を決めてくれたらいいなー!! あと、2匹の野良子猫も捕獲したいし、母猫の避妊もしたいのですが、こんな風じゃ先が思いやられると、へこみかけています。 今までいろんな猫を保護し、里子に出しましたが懐かない子というのは皆無でした。 きっと恵まれていたんですね。今までの幸運に感謝すると共に、新入りさんのポジティブな考え方に期待しつつ、おやすみなさいzzz あっ、それと、どんな夜中の運動会にも起きない息子にも感謝しなくちゃ。ネッ!! |
| 懐かない新入り子猫のその後。 2001・12・19 |
HPに里親場集の掲載をした次の日、うれしい申しこみがありました。兵庫県にお住まいのTさんです。 8月に17歳で亡くなった愛猫がシャムだった為、面影を求めてシャム猫を探していたそうです。 直接テレでお話をし、信頼できる方と確信しました。遠方ではありますが、これもご縁と思いもらって頂く事にしました。 出来れば兄弟で2匹とも飼ってあげたいと言って下さいましたが、後に保護した子はあまりにもバリバリ野良で、あきらめる事にしました。 すぐにでも会いたいと、早速16日にお迎えに来て頂きました。 まだまだ、ノラ気分がぬけ切らなくて心配はあったのですが、Tさんの熱心なお気持ちに甘えてお渡しする事にしました。 当日シャム似君は、Tさんとのご対面に緊張しつつ、写真より実物の方がはるかに可愛いため(私が思っているだけですが・・)かなり気に入って頂けた様子。そして西ノ宮までの長い旅路につきました。 新幹線とタクシーを乗り継いでの始めての体験でしたが、幸い乗り物酔いも少し泡を吹いた程度?でまずまず元気にこなしたそうです。 気になるその後の様子ですが、やっぱりノラ出身者なため、すぐ懐くと言う訳にはいかなくて何かとご苦労されている様です。 一度はお風呂場の隙間から浴槽の下に入りこんで出て来なくなり、もしや何処かにはまってしまったのではと、切羽詰ったお電話を頂きました。 案ずるより産むが安し?!。又しても唐揚げ作戦で篭城から約17時間後に、唐揚げをぱくつく為に出て来たところを御用となり、一件落着です。 Tさんはその日のお風呂は入れないばかりか、へたしたら浴槽をつぶさなければとまで言って下さっていた為、お気楽なシャム似君に怒るというより、ホット胸をなでおろす私達でした。そしてやっかいなこの子を愛情深く慈しんで下さるご夫婦に感謝の気持ちでいっぱいです。 これからは楽しいご夫婦の関西弁の会話を聞きながら、徐々に家猫として懐いていってくれる事と信じています。 彼の新しい名前はポンちゃんです。 はてさて残りの1匹ですが、ただ今家のケージの中で性格矯正中です。 保護してから10日余りが経ちますが、相変わらずのバリバリのノラ君で、根性入っているって感じ!!! 本当に連れて来て良かったのだろうかと自問自答しましたが、もし彼がだんだんにでも懐いてくるようであれば、ポンちゃんみたいに、ノラさんにしておくよりもずっと幸せになれると信じつつ見守りたいと思います。 ポンちゃんは、逃げたいだけで攻撃性はなかったのですが、この子は噛むは叫ぶはで不良もいいとこ! この子が晴れて里子に行く日には、私はきっと感涙にむせぶ事でしょう?! |
| タイムマシンにお願い。 2001・12・27 |
| 私は吉本ばななさんの書いた物がわりと好きですが、先日読んだ彼女のエッセイの中に、未来への勇気を奮い起こしてくれる文があったのでご紹介したいと思います。 それは「夢について」というエッセイの中の1章です。 前略 私は生きていて何回か「これはかなり絶望的でもうだめなんじゃ。」と大きいことから小さいことまで、実際的なことから精神的なことまで思うことがありましたが、なんとなく心に一点、ほのかに明るい点があって、それが堂々と「大丈夫」と言うのです。 私はそれは未来は未知だからだ、と思っていました。 可能性というものと、持ち前の楽観性がそうさせるんだろうな、と。 でも今回、もしかするとそれは違って、未来の自分が今の自分に向かって「何とかなって、無事こうしているよ、がんばれ。」というメッセージを送っているのではないかと思い当たりました。 (その前の文で彼女は、幼少の頃からその世界に引き込まれ、神の様に思っていた藤子F先生に作家になってから対談で出会うことが出来た事を、うれしくて死んでしまうと思ったと書いていました。しかも彼女の作品を読んでいて誉めてくださったそうです。) その前書きを受けて以下の文章に続きます。 何より当の本人が「ああ、3歳の私のところに行って、今はつらくてつまらなくて自分を投げ出したくても、大人になって本を書いて、それをQちゃんの作者が読んでほめてくれるよ、と言ってやりたい!」と強く強く思ったのです。 こんなに強く思ったら、届くのではないかと私は思いました。 もしもキテレツやドラえもんに出てくるみたいな気楽なタイムマシンがあったら、私はすぐさま飛んで行って必ずその事を告げるでしょう。 そうしたらあの小さな私はすごく喜んで、訓練もつらくないと思うでしょう。 でも、それができないのでこの思いは過去の私にはただ明るい一点になって、かすかにしかし確実に感じられるわけなのです。 ということは、今の自分にエールを送っている未来の自分がきっと存在するということで、なにやら頼もしい話ではありませんか。云々・・・ 私もいつも楽観的に考えてしまいがちな人間なのですが、この文を読んで勇気を得る事ができました。 きっと信じる者には、自分なりに考えるところの素晴らしい未来があるのだということ。 その未来からきっと励ましがあり、それが希望につながっていると思うのです。 それが楽観性を証明する方程式だとしたら、どんなにうれしいことでしょう! もうすぐ新年、この言葉を信じ、新しい年に思いをはせ、又がんばろうと思います。 |