★★★あび、もう一度会いたい!★★★
自由でキュートな猫、あびとの出会いと別れ
| 2年半前の初夏の事だった。 近くの団地で猫が15匹以上もうろうろしていて、お年寄りが多いこの団地では、捕獲して保健所に突き出すと言い始め不測の事態だとの情報が入った。 ある住民が猫をどんどん殖やしたあげく困って大人の猫たちから徐々に外に締め出したという、無責任極まりない実情からこの問題はおきたのだった。 母親が仕事でほとんど家を空けていて、偏屈な兄と登校拒否の妹が猫の世話をしているという、かなり問題のある家庭だった。 その無責任な一家の下の階に、心優しい私の友人が住んでいた。 彼女は優しく温かい気持ちの持ち主で、以前から団地内の猫たちに密かにご飯をやったり避妊虚勢をしていた。自分が金銭的にも時間的にも苦しい生活をしているのにそんな事はおくびにも出さない人だったが、その時は猫に対する住民の怒りのパワーに、流石に恐怖心さえ感じると電話口で打ち明けてきたのだった。 早速調査に行った私だったが、そこで目にしたのは、おなかをすかせて徘徊している猫たちを棒を振り回して追いかけている住民の姿だった。 愕然としている私の横に、1匹の小柄なメス猫が近づき擦り寄ってきた。歩こうとしてもジグザグにまとわり付くので歩を進める事が出来ないほどで、その何とも言えず可愛い泣き声に加えてアビシニアンの血が入っていると思われる金色の毛色も美しく、その時から私はその猫の虜になった。 それが私とあびとの最初の出会いだった。 その後、その友人や彼女の母親を中心にして(もちろん私も手助けしたが)全部の猫たちの不妊手術、里親探しを始めた。 団地の自治会にも持ちかけて、半年ほどの猶予をもらい、猫の里親探しをするからしばらくはこの状態を留保してもらいたい事、出来れば自治会費からも援助金を出してもらいたい事を話した。自治会長は話のわかる人で、何よりかつてからの知人であったので脈はあると踏んでいたが、他の大多数の住民の意見によって経費の援助は残念ながらあっさり見送られてしまった。 ただ猫の状態を留保という事に関しては何とか許可してもらう事が出来、それから4ヶ月位でほとんどの猫に新しい飼い主さんを見つける事が出来たので、どうなる事かと思った、この一件は何とか一応の解決をみたのだった。 あびはその後、夫の希望もあって晴れて家の子に迎える事が出来たのだが、団地と家とは歩いて5分の距離にあり、始めは帰ってしまうのではないかと危惧したりもした。成猫になって家に来たので、もし家から出てしまって解らなくなったらと、私と娘は毎日あびにハーネスを付けて散歩し、地理を教え込んだ。 あびは、広く緑がいっぱいの団地内を自由に行き来して、多分自由奔放に育ったのだろう。2階からのジャンプなんてのもお手の物だったが、この散歩は嫌がりもせずに楽しんでいるように見えた。一応危ない所とか地理的な事を教え込んだ私たちだったが、本当はあびに外に出てもらいたくはなかった。 真夏だったから窓を全部閉め切る事は出来なかったが、網戸を全部開けられない様にした。だがあびにとっては無駄な事、網戸を破ってまでも外に出て行く、家人の出入りの際、又は来客時を計算ずくで見計らって一瞬のうちに外に飛び出すのだった。最初は神経質になっていた私たちだったが、家に閉じ込めると狂ったように泣き喚くので、半ばあきらめの気持ちで自由な出入りを許す事にした。 でもそれ故、あびは毎日楽しくエキサイティングに過ごしたと思う。獲物は毎日のように持って来た!小柄なのに、すずめ、トカゲ、やもり、各種虫、ネズミ、蛙は言うに及ばず、蛇、はと、ムクドリ等など・・・くぐもった声でニャーニャー言う時は要注意だった! 思わず入れれないように家中の戸や窓を閉め切って対処した。がトイレやお風呂場の小さな格子付の窓でさえ、網戸を開けて出入りしてしまうあびは私が不在の時にそこから入って、ハンティングの成果を自慢する様に首の折れた鳩などを転がしてある事も多く、息子には、 「猫犬助けても何にもならないじゃん、他のもの殺生してんだからー」 と言われる始末だった。 事実こんなに殺生しているのだから、報いとして早死にしても仕方ないと私は思っていた。 犬のナナの食器のそばには、よくプレゼントに鳥や鼠が置かれてあって、ナナは困惑した顔で私を見上げていたっけ。 いつかは夜中に娘の部屋の窓から家の中に入れて欲しいというあびの声が聞こえたので、窓を開けたとたん蛇をくわえたまま飛び込んできて、あわてた娘は思わず蛇を引っつかんで窓の外に投げ捨てたのだそうだ。あびはそれにいたく怒って自分もすぐに蛇を追って外にジャンプして行ってしまったと娘が話すので、私はあびの事より蛇をつかんで捨てた我が娘に驚愕してしまったのだが、彼女曰く、 「じゃあ一晩中蛇と同室で過ごせって言うの、どっちがいいか究極の選択したら私は蛇をつかんで捨てる方を選んだよ」・・・ 母をして、この子は今後たくましく生きていく事が出来ると確信した出来事だ?! こんな事もあった、ある日蛙をくわえて意気揚々と家路に帰る途中、あびのファンを自認する近所のIさんのご主人に、 「あびちゃん、蛙なんてくわえてちゃいけないよ、こっちによこしなさい!」 と取られてしまった。普段はIさんにコケティシュに甘えるあびだったがその行為に怒り、Iさんの手をがぶっと噛んだという。 そんな事もあったが、いつもは誰にでもクニャクニャになって甘えていた。特に家の主人をはじめとして男の人には何故か絶大な人気があり、フェロモンを出しているのかもと見習いたい私であった。 こんな野性的なあびだったが、近所の住民の間でも、朝晩私と犬が散歩する時必ず一緒にくっついて来るその頬えましい様子は評判になっていた。 待っていてくれる人もいた。私とナナが少し先に行き過ぎると、大慌てでニャーニャー叫んで探しまくり、 「あびちゃん、ここだよ」 と言うと少し遠くにいたあびが一目散に走って来るのだが、その走り方が猫に似合わないX脚の外股で、大慌てでハアハアして、本当にかわいかった。 でも大抵いつもナナの歩調に合わせてくれていたし、私が一人で散歩に行くときもあびは付いて来てくれた。 知人と会って立ち話をしたり、家に寄りこんで話し込んだりした時もあびは外で待っていてくれた。 私とナナと二人だけで散歩したある日、黄金色にたわわに実った稲穂の間から、私たちの気配を感じて、一人でそこで遊んでいたあびがひょこっと頭を出した事があった。あの光景も、きれいな夕焼けと共に忘れられない思い出だ。 面白い事に団地の放棄猫の中にあびに似ているアビシニアンっぽい猫があと2匹いた。 皆里子に行ったが後日聞いてみるとやっぱり皆家の中に納まりきれない子だそうで、それでもっと面白いのはやっぱりくっついてくると言っていた事だ。 最初に飼っていたその団地の無責任な飼い主もこの子達は歩いて10分ほどかかるスーパーまででも付いて来ると言ってたそうだから本当に不思議な猫たちだ その散歩の時にもう一つ危惧していた事があった。散歩時小さなあびを見つけて怖がる犬にあびが、からかって向かっていく素振りを見せる事だ。大型のラブとかゴールデンにも威嚇して向かっていく素振りを見せるので、いつか噛まれるんじゃないかと心配していたが、近所のあびを気に入ってくれたシーズーとは仲良くやっていた。 こんな風に犬との関わり方もユニークだったが、ある日カラスとガンの飛ばし合いをしていた時は驚いた。 4,5羽のカラスが家の屋根に止まっていた。家の裏にアパートが建っている、その時2階の通路部分にいたあびはカラス達に向かって文句を?言っていた。どちらが先に攻撃しようとしたのか知らないが、私たちが見たときは、ガンを飛ばし合っていたのだ。 すざまじい騒ぎだったが、そのうち1羽のカラスが威嚇射撃に出た!あびの横めがけてすごい速さで低空飛行したのだ。 これには驚き、正直怖かった。3キロ位あるから銜えては飛び立てないだろうが、突っつく事ぐらいは出来たかもしれなかった。 脅しだったのかもしれないが、本当に怖いもの知らずの猫だった。 又ある時、あびがいろんな家に遊びに行ってる事を知り、恐縮した事がある。 でも皆とても好意的で、毎日待ち望んでいてくれてる人もいた。家には入らなくても一人で近所を歩いている時、近所の多数の人が声をかけてくれていたらしく、そんな話もちょくちょく聞いた。ある日には小学生がかわいいからと抱いて連れて行きかけるのを見て追いかけてくれた人もいる。 そう言えば、一度4日間帰って来なくて心配した事があった。ポスターを作って近所に貼りまくり、昼も夜もそこら中を探した。4日目に大通りを二つ越した結構距離があるお宅から電話があった。 首輪に電話番号が記してあったので家の猫と解ったのだが、たぶん状況として誰かが車で通り掛かりに連れ去り、家に置こうかと思ったが、そんな所にじっとしてない彼女は逃げ出して、電話をくれた家に飛び込んだと、きっとそんな状況だったのだろうと思った。 何はともあれその時はたいへんうれしかったし、もう外に出ないでもらいたいと心から願ったのだが・・・ この様に外では人気者のあびだったが、家の中では新入りの子猫などには母性愛の欠片もなく、脅しまくって家に落ち着く事はあまりなかった。ある時期、気に入らなくてメスなのにマーキングをしまくった事がある。ある時などすっと立ち上がって息子のそばに行き、しら〜と息子の脚におしっこをかけたそうだ。何を思っていたのだろうか? 今年の夏は暑い事も手伝って結構家の中で昼ねをしたりしていたが、涼しくなってきたらその頃保護猫が1匹増えたのも気に入らなかったのかほとんど外で暮らしていた。猫付き合いは嫌いで下手だった。猫より人間の方が好みのようだった。外面がすごくいい割には内面が悪いというのかもしれない。 家の中ではいばっていて、子猫にはよく連続の猫パンチをお見舞いしていた。 運命の2002年11月6日、午前9時頃。その時は突然にやってきた。 仕事中の私に、息子からの電話があった。 「あびが死んだ・・・」 「え???」・・・・ 息子とナナとあびと一緒に散歩に行って、土手に上ったら、あびはなぜか土手を下りて行ったという。その後数分して50メートルほど下の道に、横たわっているあびがいた。 彼は何が何だか解らなく呆然とした。何の傷もなければ、嘔吐物もない。ただ眠っているだけのあびだったが、ほんの数分前と違っていたのは、眼に瞬膜がかかっていた事と息をしていなかった事だけ・・・。 その後、口や鼻から止め処なく血が流れてきたからやっぱり車による事故だったのだろうと私は思う。 足を無くしても目が見えなくなっても、半身不随でも、どうなっていても生きていて欲しかったけど、あっけなく・・・あびは逝った。 私たち家族は3日間、眠っているだけの様な綺麗な亡骸を見ては泣いた。 そして昨日覚悟を決め、動物霊園に行って弔ってもらってあびとの最後のお別れをした。 いつも心配ばかりさせられて、でも毎日出会いは新鮮でうれしかった。それはいつもお互いにだった。 自由なあびに翻弄されていたが、彼女自身は束縛されずいつも爽やかだった。 彼女を自由にさせる事は、保護主である私たちがいつか悲しむ事になるとわかってはいたし、覚悟しようと思ってもいたのだ。 そして今、やり切れなく悲しいが、不憫だったという、もっとやるせない気持ちはない。 何より彼女ほどいつも生き生きとしていた猫はいない、と自負している。 私も主人もきっとあびに恋していたのだと思う。本当に愛していたからあびの幸せを第一に考えた。 それは自由に生きる事。 それがあびがあびである所以だ。 そして、保護主である私たちが最後に泣いて悲しんで苦しんでも守ってやりたかった事だ。 もうこんな猫には二度と会えないね、と主人と話している。でももう一度会えたら・・・・もう一度我が家に降り立ってくれたならどんなにうれしいだろうか。 そんな時を夢見てこの辛い現実から逃避しようとしている弱い私。 さて、彼女はどう思って見ていてくれているのだろうか? それとも今頃虹の橋で、見あたらない私たちをニャーニャー言いながら必死に探してくれているのだろうか・・・ あびの写真はあまりたくさんありません。何故ならいつも外にいたから・・・ ![]() |
★お礼 個人的な、だらだらとした追悼文にお付き合いして頂き、ここまでお読み戴いた方、本当にありがとうございました。★
心からのお礼を申し上げます・・・(管理人)